私たちは普段、「同じ」という言葉をよく使います。
同じ商品。
同じ材料。
同じ作り方。
コーヒーでも、
「前と同じ豆」
「いつもと同じ焙煎」
「いつもと同じ淹れ方」
と言います。
でも、よく見てみると、「同じ」と呼んでいるものの中にも違いがあります。
コーヒーは農作物です。
同じ産地、同じ農園、同じ品種でも、育った環境や収穫された時期によって少しずつ違います。
収穫された後も、精製され、乾燥され、保管され、時間とともに状態は変化していきます。
焙煎するときも同じです。
同じ豆を使い、同じように焙煎しようとしても、豆の状態やそのときの条件まで完全に同じとは限りません。
淹れるときも、水の温度や豆の挽き方、時間など、たくさんの条件があります。
それでも私たちは、それらを「同じ」と呼んでいます。
では、「同じ」とは、違いがないということでしょうか。
そう考えると、少し違って見えてきます。
たとえば、同じ商品として販売するなら、ある程度の違いは小さくしたい。
一方で、毎年のコーヒーの特徴を楽しみたいなら、その違いは消したくないかもしれません。
どちらが正しいということではありません。
何を同じとして扱い、どの違いに注目するのかは、何をしたいかによって変わります。
これはコーヒーだけの話でもありません。
米や野菜、果物、お茶なども、同じ名前で売られていても、一つひとつまったく同じではありません。
人が作る料理にも、同じことがあります。
「同じ」と「違う」は、反対の言葉のように見えます。
でも実際には、違いがあるものを、ある目的のために「同じ」として扱っていることもあります。
コーヒーを少し細かく見てみると、普段何気なく使っている「同じ」という言葉も、少し違って見えてきます。