コーヒーについて調べていると、
「何度のお湯がいいのか」
「何分で淹れるのがいいのか」
「どのくらい焙煎するのがいいのか」
といった数字や方法がたくさん出てきます。
すると、どれが正解なのか知りたくなります。
基準があることは便利です。
最初に何をすればいいのか分からないとき、基準があればそこから始めることができます。
でも、その基準がいつでも唯一の正解とは限りません。
たとえば、同じコーヒー豆でも、どんな味にしたいかによって淹れ方は変わります。
焙煎でも同じです。
豆の状態や、どんなコーヒーにしたいのかによって、選ぶ方法は変わります。
つまり、
「何が正しいか」を考える前に、
「何をしたいのか」
を考える必要があります。
目的が決まれば、そのためにどんな方法が合っているのかを考えることができます。
実際にやってみて、思った結果にならなければ、条件を変えてみることもできます。
だから、基準や方法を知ることには意味があります。
ただ、それを守ること自体が目的になってしまうと、目の前で起きていることを見なくなることがあります。
正解を覚えることと、自分で判断できることは、少し違います。
コーヒーには、決まっていることもあります。
でも、目的によって答えが変わることもあります。
まず基準を知る。
そして実際に試して、結果を見る。
必要なら変える。
そう考えると、「正解」は最初から一つ用意されているものではなく、目的と結果を見ながら確かめていくものなのかもしれません。