前の記事では、コーヒー豆の等級が世界共通ではないことを見てきました。
ケニアではAAやAB。
エチオピアではG1やG2。
グアテマラではSHB。
コロンビアではSupremoやExcelso。
しかも、同じものを測っているわけではありません。
豆の大きさを見る国。
欠点豆を見る国。
標高を使う地域。
複数の条件を組み合わせる国。
ここで一つ疑問が出てきます。
なぜ最初から世界共通の基準を作らなかったのでしょうか。
その理由を考えるには、等級を「おいしさのランキング」ではなく、コーヒーを生産し、選別し、取引するための仕組みとして見る必要があります。
たくさんのコーヒーを、どうやって分ける?
コーヒーは農産物です。
同じ地域で収穫されたものでも、すべての豆が同じではありません。
大きな豆もあれば、小さな豆もあります。
未成熟な豆や虫害を受けた豆が混ざることもあります。
精製や乾燥の状態にも違いがあります。
さらに、一つの国の中には多くの農園や生産者がいて、大量のコーヒーが集められ、国内外へ流通していきます。
それをすべて、
「コーヒーです」
だけで売買するのは難しい。
そこで必要になるのが、分類です。
どのくらいの大きさなのか。
どの程度欠点が含まれているのか。
どのような地域で作られたのか。
どのような状態なのか。
コーヒーをいくつかの基準で分けることで、売る側と買う側が「どのようなコーヒーを取引しているのか」を共有しやすくなります。
等級は、まずそのための仕組みとして考えることができます。
なぜ国によって基準が違う?
では、なぜ同じ基準にならなかったのでしょうか。
コーヒーの生産条件は、国によって違います。
地形も違います。
標高も違います。
気候も違います。
作られている品種も違います。
精製や選別の方法も違います。
さらに、どのように集荷し、誰が輸出し、どの市場へ販売してきたのかという流通の仕組みも違います。
それぞれの国が、自分たちのコーヒーを分類し、取引するために必要な基準を作ってきました。
その結果、世界中で同じ一つの物差しではなく、いくつもの物差しが使われるようになりました。
豆の大きさを分ける理由
ケニアのAAやAB、コロンビアのSupremoやExcelsoなどでは、豆の大きさが分類に使われます。
豆の大きさは、比較的分けやすい特徴です。
「スクリーン」と呼ばれる、穴の大きさが違うふるいを使えば、大量の生豆を一定の大きさごとに選別できます。
これは取引だけでなく、その後の焙煎にも関係します。
大きさや形のばらつきが大きい豆を一緒に焙煎するより、ある程度揃っている方が扱いやすくなる場合があります。
ただし、ここで注意したいことがあります。
大きさを揃えることと、おいしさを順位付けすることは同じではありません。
大きな豆に高い等級名がついているからといって、小さな豆より必ずおいしいという意味ではありません。
大きさは、そのコーヒーを分類するために選ばれた一つの特徴です。
欠点を数える理由
別の地域では、欠点豆の数が重要な基準になります。
黒くなった豆。
発酵などによって状態が変わった豆。
虫害を受けた豆。
割れた豆。
場合によっては豆以外の異物。
こうしたものがどの程度含まれているのかを確認することで、生豆の状態を分類します。
これは比較的理解しやすい基準です。
欠点の種類によっては、焙煎したコーヒーの風味に大きな影響を与えることがあります。
また、選別がどの程度行われているのかを知る情報にもなります。
ただし、欠点が少ないことと、そのコーヒーがどんな香りや味を持っているかも、まったく同じ話ではありません。
欠点の少なさを見ることと、カップの特徴を見ることは分けて考える必要があります。
なぜ標高を使う地域がある?
中米などでは、栽培された標高を使った分類を見ることがあります。
これには、その地域の生育環境が関係しています。
標高が変われば、気温などの条件も変わります。
比較的標高の高い場所では、低い気温の中でコーヒーチェリーがゆっくり成熟し、豆の密度などに違いが生じることがあります。
そのため、その地域では標高が生豆の性質を推測するための一つの情報として使われてきました。
ただし、これも、
「標高が高ければ高いほどおいしい」
という公式ではありません。
同じ標高でも、緯度や地形、日照、降水量、品種などの条件は違います。
標高は、その土地でコーヒーを分類するために使われてきた一つの目安です。
等級は「味の順位表」として始まったわけではない
ここまで見ると、等級の見え方が少し変わってきます。
豆の大きさ。
欠点数。
標高。
密度。
生豆の状態。
カップの評価。
これらは、それぞれ違う情報です。
等級は、それらを使って大量のコーヒーを分類し、取引しやすくするために発達してきました。
つまり、
世界中のコーヒーを一列に並べて、どれがおいしいかを決めるためだけに作られた仕組みではありません。
ここを忘れると、等級名をそのまま品質の順位として読んでしまいます。
輸出するための共通言語でもあった
コーヒー生産国で作られた生豆の多くは、国外へ輸出されます。
売る人と買う人は、同じ場所にいるとは限りません。
今のように情報を簡単に共有できなかった時代なら、なおさらです。
そのとき、
豆の大きさはこのくらい。
欠点はこの程度。
この標高帯で作られたもの。
この規格に分類されるもの。
という情報があれば、取引するコーヒーについて共通の認識を持ちやすくなります。
等級には、コーヒーを輸出商品として流通させるための「共通言語」のような役割もあります。
ただし、その共通言語は世界で一つに統一されたものではありませんでした。
それぞれの生産国が、それぞれの生産や流通に合わせた言葉を作ってきた。
だから国が変われば、その言葉の意味も変わります。
買う側が求めるものも関係する
分類は、生産国だけの都合で決まるわけでもありません。
コーヒーは売買されるものです。
どのようなコーヒーが求められるのか。
どのくらい大きさを揃える必要があるのか。
どの程度まで欠点を取り除くのか。
どんな品質のものを、どの価格帯で販売するのか。
買う側の市場が何を求めるかによっても、選別や分類の意味は変わります。
つまり等級は、
作る側の事情と、買う側の事情の間で使われてきた仕組み
でもあります。
生産だけを見ても、消費だけを見ても、その意味をすべて理解することはできません。
それなら世界共通にすればいい?
ここまで違うなら、
「今から全部同じ基準にすれば分かりやすいのでは?」
と思うかもしれません。
実際、国を越えてコーヒーを比較するための共通した評価方法も作られてきました。
カッピングの方法や、生豆の欠点を評価する方法などです。
こうした共通の方法があることで、違う国のコーヒーを同じ条件で比較しやすくなります。
しかし、それによって各国の等級がすべて不要になったわけではありません。
各国の等級と、国を越えて使われる評価方法では、目的が少し違うからです。
たとえば、
「ケニアAA」
という情報と、
「カッピングで86点」
という情報は、同じコーヒーについて別のことを教えてくれます。
一方を知ったから、もう一方が必要なくなるわけではありません。
一つの数字ですべてを表すのは難しい
コーヒーを分かりやすくするために、私たちは数字や記号を使います。
AA。
G1。
SHB。
スクリーン18。
86点。
数字や記号にすると、比較しやすくなります。
しかし、比較しやすくなったことと、そのコーヒーのすべてが分かったことは同じではありません。
等級から分かることがあります。
カッピングスコアから分かることがあります。
産地から分かることがあります。
品種や精製方法から分かることもあります。
そして、実際に焙煎し、飲んでみなければ分からないこともあります。
一つの数字や記号に、全部を背負わせる必要はありません。
等級を見ると、その国のコーヒーも少し見えてくる
コーヒーの等級は、覚えようとすると少し面倒です。
国によって名前が違い、基準まで違う。
せっかくAAを覚えたのに、次の国ではG1。その次ではSHB。
ずいぶん不親切な世界です。
でも、
「なぜ、この国ではこの基準を使っているのだろう?」
と考えてみると、等級は単なる記号ではなくなります。
豆の大きさを分ける必要があった。
欠点を管理する必要があった。
標高による違いを分類に使った。
輸出するときに、買い手へ品質を伝える必要があった。
それぞれの基準の背景には、その国でコーヒーがどのように作られ、選別され、取引されてきたのかがあります。
だから、チバコーヒーでは等級だけを見て、
「これは上のコーヒー」
「これは下のコーヒー」
と考えるのではなく、
その等級が、何を基準にして付けられたものなのか
を見るようにしています。
等級は答えではありません。
そのコーヒーを知るための、一つの情報です。
そして、その物差しがなぜ作られたのかを知ると、コーヒーそのものだけでなく、その向こうにある生産や流通の姿も少し見えてきます。