「エチオピア G1」
「ケニア AA」
「ブルーマウンテン No.1」
コーヒーの商品名には、こうした等級が書かれていることがあります。
G1やNo.1と書かれていると、そのコーヒー自体が「1」という品質を持っているようにも見えます。
でも、少し違う方向から考えてみます。
そもそも「等級」とは、コーヒー豆そのものなのでしょうか。
それとも、人がコーヒーを分けるために作ったものなのでしょうか。
オレンジは、何色?
たとえば、色を
「赤」
「青」
「黄」
の3つに分類すると決めたとします。
では、オレンジは何色でしょう。
オレンジは、オレンジです。
でも、
「赤・青・黄のどれかに分類してください」
と言われれば、どこかに入れなければなりません。
赤に近いものを赤とするのか。
黄色に近いものを黄とするのか。
どこまでを赤として、どこからを黄とするのか。
その境界を決めているのは、オレンジではありません。
分類する側です。
そして境界の決め方を変えれば、同じオレンジが、ある分類では赤に入り、別の分類では黄色に入ることもあります。
オレンジそのものが変わったわけではありません。
変わったのは、分類するための枠です。
分けることと、名前をつけること
私たちは、たくさんのものを扱いやすくするために分類します。
これを「カテゴライズ」と呼びます。
そして、分類したものに名前をつけます。
これが「ラベリング」です。
コーヒーも同じです。
世界中で生産される大量の生豆を、一粒ずつすべて別のものとして扱うことはできません。
そこで、
豆の大きさ。
欠点の数。
栽培された標高。
生豆の状態。
カップでの評価。
など、一定の条件を決めて分類します。
そして、そのカテゴリーに、
「G1」
「AA」
「SHB」
「No.1」
といった名前をつけます。
つまり、先にG1という性質を持ったコーヒーが自然界に存在しているわけではありません。
「この条件に入るコーヒーをG1とする」という枠を作り、その条件に当てはまったものをG1と呼んでいます。
同じG1でも、枠が変わることがある
ここで重要になるのが、分類するための条件です。
その条件は、いつまでも変わらないとは限りません。
実際にコーヒーの等級制度は、時代とともに変更されることがあります。
エチオピアのG1も、その一例です。
エチオピアではグレーディング制度の変更によって、G1に分類される範囲が変わってきました。
以前の基準ではG2に分類されていた範囲の一部が、制度変更後にはG1に含まれるようになった時期があります。
ここで起きたことを考えてみます。
昨日までG2だったコーヒーが、制度変更によってG1になったとしても、その瞬間にコーヒー豆がおいしくなったわけではありません。
変わったのはコーヒーではなく、G1というカテゴリーに入れるための条件です。
だから、昔の資料に書かれた「G1」と、現在使われている「G1」を、名前が同じだからという理由だけで完全に同じものとして扱うことはできません。
そのG1は、
いつの基準なのか。
何を基準にしたG1なのか。
そこまで見て初めて、ラベルの意味が分かります。
No.1という名前が同じでも
ジャマイカのブルーマウンテンNo.1も、同じことを考える材料になります。
ブルーマウンテンにはNo.1、No.2などの等級があり、生豆のスクリーンサイズなどが分類に使われてきました。
そして、そのNo.1に分類するためのスクリーンサイズの基準も、時代の中で変更されています。
ここでも「No.1」という名前そのものは残ります。
しかし、No.1という箱に入れる条件が変われば、その箱に含まれるコーヒーの範囲も変わります。
これも、
「昔のNo.1は正しく、今のNo.1は間違っている」
という話ではありません。
同じラベルでも、そのラベルをつける条件が変わることがある
ということです。
だから古い資料を見るときには、現在の基準で過去のNo.1を読み替えないことも大切です。
当時は当時の基準でNo.1だった。
現在は現在の基準でNo.1と呼ばれている。
その両方を残したうえで、
「何が変わったのか」
を見る必要があります。
「スクリーン18」なら、全部スクリーン18?
分類には、もう一つ注意したいことがあります。
たとえば、生豆を大きさで選別するとします。
スクリーンとは、穴の大きさが異なるふるいのようなものです。
これを使うことで、生豆を大きさによって分けることができます。
では、「スクリーン18」と表示されたコーヒーなら、袋の中の豆は一粒残らずスクリーン18なのでしょうか。
必ずしも、そういう意味ではありません。
コーヒーは工業製品ではなく、農産物です。
実際の規格では、一定のサイズの豆が規定された割合以上含まれている、といった条件でロットを分類することがあります。
つまり、
スクリーンサイズの表示は、一粒一粒の豆につけられたラベルではなく、ある条件を満たしたロットにつけられたラベル
なのです。
袋を開ければ、そこには多少の大きさの違いがあることもあります。
それだけで表示が間違っているとは言えません。
大切なのは、その規格が何をどこまで求めているかです。
欠点豆も、全部を数えているとは限らない
欠点豆を基準にした等級も同じです。
「欠点が何個あるかで等級を決める」
と聞くと、一袋の生豆を全部広げて、一粒ずつ確認しているように思うかもしれません。
しかし実際には、ロットから決められた量の生豆をサンプルとして抜き取り、その中に含まれる欠点を調べる方法が使われます。
たとえば一定重量のサンプルを取り、
黒豆がどのくらいあるか。
虫害豆がどのくらいあるか。
異物が入っていないか。
などを確認します。
そして、その結果を規格と照らし合わせてロットを分類します。
つまり、
「このロットはG1である」ことと、「この袋のどこから豆を取っても、まったく同じ状態である」ことは別です。
ここにも、分類という仕組みの特徴があります。
一部を見て、全体を扱う
これはコーヒーだけの特殊な話ではありません。
大量のものを扱うとき、すべてを調べることが現実的でない場合があります。
そこで一部をサンプルとして取り出して調べ、その結果を使って全体を判断します。
コーヒーの生豆も、一つのロットには非常に多くの豆があります。
そのすべてについて欠点を数え、すべてを焙煎し、すべてを飲んで評価することは現実的ではありません。
だから、決められた方法でサンプルを取ります。
測ります。
観察します。
カッピングします。
そして、その結果をロット全体を扱うための情報として使います。
ここまで整理すると、等級ができるまでにはいくつもの段階があることが分かります。
実際のコーヒーがある。
そこからサンプルを取る。
測ったり、観察したりする。
決められた基準と比較する。
カテゴリーに分類する。
そして、そのカテゴリーにG1やAAなどのラベルをつける。
私たちが商品名で目にしているのは、その最後のラベルです。
ラベルから分かることと、分からないこと
だからといって、G1やAAといった表示に意味がないわけではありません。
むしろ、大量のコーヒーを生産し、選別し、取引するためには、とても便利な仕組みです。
「AA」と書いてあれば、買う側はその国の規格に照らして、どのような分類のコーヒーなのかを知ることができます。
「G1」という表示にも、その制度の中での意味があります。
問題は、
ラベルが何を表しているのかを知らないまま、ラベルから分からないことまで分かったと思ってしまうこと
です。
G1だから、この袋の豆は全部同じ。
AAだから、必ずおいしい。
No.1だから、その国で最も味の良いコーヒー。
そうとは限りません。
ラベルが示しているのは、その規格で決められた条件に照らして、そのカテゴリーに分類されたということです。
カッピングスコアも似ている
前の記事で見てきたカッピングスコアにも、似たところがあります。
「86点」と書かれていても、そのロットに含まれるすべての豆を焙煎して飲んだ結果ではありません。
ロットからサンプルを取り、評価用に焙煎し、決められた方法でカッピングして評価します。
さらに評価には、
いつ評価したのか。
誰が評価したのか。
どの評価方法を使ったのか。
という条件もあります。
86点という数字には意味があります。
しかし、86点というラベルだけで、そのコーヒーについて知るべきことがすべて分かるわけではありません。
浅煎りと深煎りもカテゴリー
もう少し身近なところにも、同じことがあります。
「浅煎り」
「中煎り」
「深煎り」
という言葉です。
焙煎中のコーヒーが、
「ここから私は中煎りです」
と宣言する瞬間があるわけではありません。
焙煎による変化は連続しています。
その連続した変化のどこかに境界を作り、浅煎り、中煎り、深煎りと名前をつけています。
そのため、店や人によって「中煎り」と呼ぶ範囲が少し違うこともあります。
カテゴリーが違えば、同じような焙煎度でも違う名前がつくことがあります。
これも、コーヒーが変わったのではありません。
分類するための境界が違うのです。
スペシャルティとコモディティも
スペシャルティコーヒーについても、同じ視点から見ることができます。
長く使われてきた評価方法では、80点という数字がスペシャルティを考える一つの大きな境界として使われてきました。
そうすると、
79.75点。
80.00点。
この二つはカテゴリー上では別れることがあります。
しかし、その0.25点の間に、自然界に巨大な壁が立っているわけではありません。
分類するために、どこかに境界を設定する必要があるのです。
そして評価制度そのものが変われば、スペシャルティという言葉が表す範囲や考え方も変化していきます。
だから、現在の定義だけで過去のスペシャルティを説明すると、当時その言葉が何を意味していたのかが見えなくなります。
当時はどう分類していたのか。
なぜその基準が必要だったのか。
その後、何が分かり、何が問題になり、どう変わったのか。
そこまで見た方が、その言葉を理解しやすくなります。
カテゴリーは便利だから使う
カテゴライズやラベリングというと、少し否定的に聞こえることがあります。
でも、分類すること自体が悪いわけではありません。
むしろ私たちは、分類しなければ大量の情報を扱うことができません。
コーヒーの等級も同じです。
生産者。
精製業者。
輸出業者。
輸入業者。
焙煎店。
それぞれがコーヒーについて情報を共有するために、分類や規格は役立っています。
問題は、カテゴリーを使うことではありません。
カテゴリーを、対象そのものだと思ってしまうことです。
名前の向こうを見る
G1と書いてあったら、
「G1だから良い」
で終わらず、
何を基準にしたG1なのか。
AAと書いてあったら、
どのような条件でAAに分類されたのか。
No.1なら、
何をもってNo.1としているのか。
そして、
その基準はいつ作られたのか。
その後、変わっていないのか。
全量を調べているのか。
サンプルを調べているのか。
どこまでを保証していて、どこから先は分からないのか。
そこを見る。
すると、同じラベルでも時代や国によって意味が違うことも、それほど不思議ではなくなります。
等級は、コーヒーそのものではありません。
コーヒーを扱うために作られたカテゴリーにつけられた名前です。
だから、ラベルだけを見て判断するのではなく、そのラベルがどのように作られたのかを見る。
そして最後は、目の前にあるコーヒーを見る。
チバコーヒーでは、等級やスコアを、観察を終わらせるための答えではなく、
そのコーヒーを知るための情報の一つ
として考えています。