焙煎したコーヒー豆は、時間とともに変わります。
香りが弱くなった。
味が平坦になった。
以前より抽出したときに膨らまなくなった。
油が表面に出てきた。
こうした変化をまとめて、
「豆が古くなった」
と表現することがあります。
もちろん、それでも会話は通じます。
でも、「古くなった」という現象が豆の中で起きているわけではありません。
実際には、いくつもの変化が同時に進んでいます。
今回は、その中身を少し分けて見てみます。
焙煎した瞬間から、変化は始まっている
焙煎では、生豆を高い温度まで加熱します。
その過程で水分が減り、豆の構造が変化し、さまざまな反応が起こります。
色が変わります。
香りにつながる多くの成分が生まれます。
二酸化炭素などのガスも生じます。
焙煎機から豆を出して冷却すれば、焙煎作業としては終了です。
でも、豆はその瞬間に完全に安定するわけではありません。
焙煎によってできた状態から、今度は周囲の環境との間で変化が続いていきます。
だから、
焙煎終了は、変化の終了ではありません。
むしろ、そこから保存中の変化が始まります。
まず、ガスが外へ出ていく
焙煎後のコーヒー豆には、二酸化炭素などのガスが残っています。
それらは時間とともに少しずつ豆の外へ出ていきます。
これが、よく「デガス」と呼ばれている変化です。
焙煎して間もない豆を挽いて湯を注ぐと、大きく膨らむことがあります。
時間がたつと、その膨らみ方が小さくなることがあります。
豆に残っているガスの量が変化しているからです。
ただし前の記事でも見たように、
ガスが多い=おいしい
ではありません。
ガスは、焙煎後の状態を見る一つの情報です。
香りも外へ出ていく
コーヒーの香りに関係する成分の中には、揮発しやすいものがあります。
「揮発する」というのは、簡単にいえば空気中へ出ていきやすいということです。
コーヒー豆の袋を開けた瞬間に香りを感じる。
豆を挽くと、さらに強く香る。
これは、香りに関係する成分が空気中に出て、鼻まで届いているからです。
そして、鼻に届いたということは、
その一部は豆から出ていった
ということでもあります。
香りを感じることと、香りが失われていくことは、別々の出来事ではありません。
同じ移動を違う側から見ています。
豆を挽くと、なぜ変化が速くなる?
豆の状態では、内部の多くの部分は直接空気に触れていません。
ところが粉にすると、細かく砕かれます。
すると表面積が大きくなり、それまで豆の内部だった部分も外気に触れやすくなります。
香りに関係する成分も外へ出やすくなります。
酸素とも接触しやすくなります。
水分の移動も起こりやすくなります。
そのため、
豆のまま保存するのと、挽いた状態で保存するのでは、変化の進み方が違います。
「焙煎後10日」という日数だけを見ても、豆のまま10日なのか、粉にして10日なのかでは同じ状態とは考えにくいわけです。
酸素に触れると、何が起きる?
コーヒーの保存について話すと、
「酸化」
という言葉がよく出てきます。
酸化は、コーヒーに含まれる成分が酸素と関わって変化する反応の一つです。
焙煎豆にはさまざまな成分が含まれています。
その一部は保存中に酸素の影響を受けて変化していきます。
油脂などもその対象になります。
こうした変化が進めば、香りや味の感じ方にも影響します。
だから、保存するときに空気との接触を減らすことには意味があります。
ただし、
時間がたったコーヒーの変化を、すべて「酸化」の一言で説明するのも正確ではありません。
「古くなった=酸化した」ではない
ここは分けておきたいところです。
時間とともに起こるのは、
ガスの放出。
香りに関係する成分の揮発。
酸素が関係する化学的な変化。
水分の移動。
周囲のにおいの影響。
などです。
これらが同時に進みます。
だから、
「この豆は酸化したから香りが弱くなった」
と一つの原因だけに決める前に、
何が変化したのか
を見た方がいい。
「古くなった」という言葉も「酸化した」という言葉も便利ですが、便利な言葉ほど、いろいろな現象を一袋に詰め込みがちです。
水分も動いている
焙煎したコーヒー豆は乾燥した食品ですが、水分が完全にゼロになっているわけではありません。
そして豆は、周囲の環境から完全に切り離されているわけでもありません。
保存環境によって、水分の移動が起こります。
湿度の高い環境と低い環境では、豆が置かれている条件が違います。
ここで注意したいのは、
水分量と湿度と水分活性は、同じものではない
ということです。
どれも水に関係していますが、表しているものが違います。
保存について詳しく考えるなら、この違いも重要になります。
ただ家庭でコーヒーを保存するたびに測定する必要はありません。
まずは、
「コーヒー豆は周囲の水分環境とも無関係ではない」
くらいから考えれば十分です。
温度が違えば、変化の進み方も変わる
食品の保存では温度も重要です。
温度が変われば、化学反応や物質の移動の進み方も変わります。
一般に、温度を低くすることによって保存中の変化を遅らせられる場合があります。
ここから、
「では冷蔵庫に入れればいい?」
「冷凍した方がいい?」
という話が出てきます。
ただし、低温にすればすべて解決するわけでもありません。
出し入れによる温度変化。
結露。
容器の密閉性。
周囲のにおい。
何度も開閉するのか、一回分ずつ分けるのか。
実際の保存では、こうした条件も関係します。
冷蔵・冷凍については、別に分けて考えた方がよさそうです。
光も無関係ではない
保存容器や袋には、光を通しにくいものがあります。
これも理由のない装飾ではありません。
光によって影響を受ける成分があるため、食品の保存では光を避けることが品質維持につながる場合があります。
ただし、
「光さえ遮れば大丈夫」
でもありません。
酸素。
温度。
水分。
時間。
包装。
それぞれが関係します。
保存条件を一つだけ取り出して「これが原因」と考えると、実際の状態を見失うことがあります。
袋にバルブが付いているのはなぜ?
コーヒー豆の袋には、小さなバルブが付いているものがあります。
これは一般に、豆から出てくるガスを袋の外へ逃がしながら、外気が入りにくいようにするためのものです。
焙煎直後の豆を密閉すると、豆から放出されたガスによって袋が膨らむことがあります。
だからガスを逃がしたい。
でも袋を開けておけば、今度は外気に触れやすくなる。
そこで、
中から出したいものと、外から入れたくないものを分ける
ための工夫が使われます。
包装もまた、保存中の変化を完全に止めるためというより、変化の進み方を管理するためのものと考えられます。
「保存する」とは、変化を止めること?
ここまで見ると、
「保存とは、豆を変化させないこと」
のように思えます。
でも完全に変化を止めることは難しい。
密閉しても時間は進みます。
低温にしても、すべての変化がゼロになるわけではありません。
袋を開けなくても、豆の内部ではガスの移動などが続いています。
だから保存は、
変化をゼロにすることではなく、望ましくない変化をできるだけ遅くすること
と考えた方が実際に近いでしょう。
何を守りたいのかで、保存方法も変わる
ここでまた「目的」が出てきます。
明日飲む豆。
一週間で飲み切る豆。
一か月かけて飲む豆。
数か月保存したい豆。
全部を同じように扱う必要があるでしょうか。
短期間なら、簡単な密閉だけで十分な場合があります。
長く保存したいなら、温度や小分けなどをもっと考える意味が出てきます。
つまり、
最適な保存方法だけが一つ存在するわけではありません。
どのくらいの期間。
どの程度の変化まで許容するのか。
どんな使い方をするのか。
それによって、必要な保存方法も変わります。
時間だけを原因にしない
「焙煎から30日たったから味が落ちた」
という説明は分かりやすい。
でも30日という時間そのものが、豆を直接変化させているわけではありません。
その30日の間に、
ガスが移動した。
香りに関係する成分が失われた。
酸素の影響を受けた。
水分が移動した。
温度の影響を受けた。
といったことが起きています。
つまり日数は、
変化そのものではなく、変化が起こる時間がどのくらいあったかを表す情報
です。
同じ30日でも保存条件が違えば、同じ状態になるとは限りません。
コーヒー豆は、どうして時間とともに変わる?
「時間がたったから古くなった」
でも日常会話なら十分です。
でも少し詳しく見ると、
ガスが抜ける。
香りに関係する成分が移動する。
酸素との反応が進む。
水分が移動する。
温度や光など周囲の環境から影響を受ける。
いくつもの変化があります。
そして、それぞれが同じ速度で進むわけでもありません。
だから保存を考えるときには、
何日もつか
だけではなく、
その間、何をできるだけ変えたくないのか
を見る。
すると「密閉」「遮光」「低温」といった保存方法も、単なる決まりではなく、それぞれ何をしようとしているのかが見えてきます。