抽出は、最初から最後まで同じように進む?

コーヒー粉に水を注ぐ。

30秒。

1分。

2分。

3分。

時間が長くなるにつれて、抽出は進んでいきます。

では、

最初の30秒と、最後の30秒では、同じくらい抽出が進んでいるのでしょうか。

もし同じなら、話は簡単です。

1分で10取り出せるなら、2分で20、3分で30。

時間を延ばせば、その分だけ同じ速度で抽出が進むことになります。

でも実際の抽出は、そんなに律儀ではありません。

なぜなら抽出中には、

コーヒー側も、水側も変化している

からです。

抽出を始めた瞬間

乾いたコーヒー粉に水が触れます。

水は粉の表面を濡らし、内部へ入り込みます。

そして、コーヒーに含まれる成分の一部が水へ移り始めます。

このとき重要なのは、

水に触れた瞬間に、コーヒーの中のすべての成分が同時に同じ速さで出てくるわけではない

ということです。

成分によって、水への溶けやすさは違います。

また、

粉の表面近くにあるのか。

粒の内部にあるのか。

粒が大きいのか小さいのか。

水がどのように接触しているのか。

によっても、移動の仕方は変わります。

コーヒー側が変わっていく

抽出が始まる前のコーヒー粉と、抽出途中のコーヒー粉は同じ状態ではありません。

すでに水へ移った成分があります。

まだ粉の中に残っている成分があります。

水が入り込んだ場所もあります。

まだ十分に水と接触していない場所もあるかもしれません。

つまり時間が進むにつれて、

「これから抽出されるコーヒー」の状態そのものが変わっていきます。

最初の30秒と最後の30秒では、コーヒー側の条件が同じではありません。

水側も変わっていく

そして、変わるのはコーヒーだけではありません。

抽出前の水には、コーヒーから取り出した成分はまだ含まれていません。

水がコーヒーと接触すると、成分が水へ移ります。

すると水は、

コーヒー由来の成分を含んだ抽出液

へ変わっていきます。

つまり、

抽出開始直後の水。

ある程度抽出が進んだ液体。

では、状態が違います。

抽出とは、

変化していくコーヒーと、変化していく水の間で起きている現象

なのです。

なぜ、ずっと同じ速さでは進まないのか

ここで、かなり単純化して考えてみます。

コーヒー側には、水へ移ることのできる成分がある。

水側には、まだその成分が少ない。

抽出の初期には、この二つの状態の差が大きくなっています。

抽出が進むと、

コーヒー側から一部の成分が減る。

水側にはその成分が増える。

すると、最初と同じ条件ではなくなります。

さらに、粒の内部から表面付近へ成分が移動する過程なども関係します。

そのため、

抽出時間を2倍にしたから、取り出される量も必ず2倍になる

とは言えません。

「溶ける」だけでは説明しきれない

抽出を、

「コーヒーの成分が水に溶ける」

と説明することがあります。

入口としては分かりやすい表現です。

ただ、もう少し詳しく見ると、

水が粉へ入る。

成分が水へ溶ける。

粒の内部から移動する。

粉の外へ出る。

周囲の液体へ移動する。

流れていく。

といった過程があります。

つまり、

水に溶けることができる成分だからといって、瞬間的にすべて飲料へ移るわけではありません。

ここに粒の大きさや時間、温度、水の動きなどが関係してきます。

細かく挽くと、なぜ抽出が変わるのか

グラインダー編の話も、ここでつながります。

細かな粒は、大きな粒に比べて表面から内部までの距離が短くなります。

水と接触できる表面も増えます。

そのため一般には、成分が水へ移る条件が変わります。

だから挽き目を変えると、抽出の進み方が変わります。

単純に、

「細かい粉には濃い味が入っている」

わけではありません。

水とコーヒーの間で成分が移動する条件を変えている

のです。

最初に出る味、最後に出る味?

コーヒーの説明では、

「最初に酸味が出る」

「次に甘味」

「最後に苦味や雑味」

といった順番で説明されることがあります。

抽出の進行によって、抽出液の組成や感じる味が変わること自体は考えられます。

ただし、

酸味成分が全部出終わってから甘味成分が始まり、最後に苦味成分の番が来る

というような整然とした交代制ではありません。

複数の成分が同時に水へ移っています。

ただ、それぞれの移動のしやすさや量、感じ方が同じではないため、抽出液の印象が時間とともに変わります。

「酸味→甘味→苦味」という言葉は、抽出の変化を理解する入口にはなります。

でも、それを成分が出てくる厳密な順番として扱うと、実際の現象から離れてしまいます。

分けて抽出すると、違いが見える

ドリップしているコーヒーを、

最初から最後まで一つの容器へ落とすのではなく、

途中で容器を交換してみます。

最初の部分。

中間の部分。

最後の部分。

それぞれを飲み比べると、味や濃度が違うことがあります。

これは、抽出が最初から最後まで同じ状態で進んでいないことを体験する方法の一つです。

ただし、ここでも、

「最初の液体には酸味だけ」

「最後の液体には苦味だけ」

という意味ではありません。

各段階で、含まれているものの割合や濃度が違う

と考えた方がよいでしょう。

浸漬式では、水側の変化が分かりやすい

フレンチプレスのような浸漬式を考えてみます。

コーヒー粉と水を一緒にします。

時間が経つにつれて、コーヒーから成分が水へ移ります。

その水は容器から出ていかず、基本的には同じ場所に存在しています。

だから時間とともに、

水側にもコーヒー由来の成分が増えていきます。

同時に、コーヒー側も抽出が進んで変化します。

つまり、

コーヒー側と水側の両方が変化しながら、抽出が進んでいます。

ドリップでは、さらに水が入れ替わる

ドリップでは少し事情が違います。

上から新しい湯が入ります。

粉の層を通ります。

下から抽出液が出ていきます。

つまり、

抽出中に水側が入れ替わっていく

という特徴があります。

ただし、新しく注いだ湯が、そのまま一本の線になって粉を通過するわけではありません。

粉の層にはすでに水分があります。

新しく入った湯は、それまで存在していた液体と混ざります。

さらに水の流れは、粉の層のすべての場所で完全に同じとは限りません。

だからドリップでは、

時間だけではなく、

どのような水が、どこを、どのように通ったのか

も関係してきます。

注ぎ方を変えると、なぜ味が変わる?

ここまで考えると、

同じ湯量。

同じ温度。

同じ抽出時間。

でも、注ぎ方を変えると味が変わることがある理由も見えてきます。

一度に多く注ぐ。

少量ずつ何回かに分ける。

水位を高く保つ。

低い状態を維持する。

注ぐ勢いを変える。

こうした操作によって、

水の流れ。

粉の動き。

攪拌。

粉と水の接触。

粉の層に存在する液体の状態。

などが変わる可能性があります。

つまり注ぎ方は、

「お湯を入れる作法」

ではありません。

抽出中の水とコーヒーの状態を変える操作

として見ることができます。

「蒸らし」も同じ視点で考えられる

ドリップでは最初に少量の湯を注ぎ、「蒸らし」をすることがあります。

よく、

「30秒蒸らす」

と書かれています。

でも30秒という数字だけでは、そこで何が起きているのかは分かりません。

粉が濡れる。

水が内部へ入り込む。

ガスが出る。

成分の移動も始まる。

粉の状態が変わる。

つまり蒸らしも、

本抽出が始まる前の待ち時間

というより、すでに抽出過程の一部です。

30秒待つこと自体が目的なのではなく、その間に何が起きているのかを見る方が、本来の意味に近づきます。

後半は「薄いから意味がない」?

ドリップの後半では、流れ出る液体の濃度が低くなることがあります。

そこで、

「後半は薄いから切った方がいい」

という考え方もあります。

狙う飲料によって、途中で抽出を止める方法はもちろんあります。

ただし、

薄い液体=何も起きていない

ではありません。

濃度が低くても、液体は出ています。

そして、その液体を最終的な一杯へ加えれば、

飲料量。

濃度。

抽出された総量。

味のバランス。

に影響します。

後半を使うかどうかも、正解・不正解ではなく、

どんな一杯を作りたいかに対する操作

として考えられます。

「時間」は原因なのか

抽出時間を測ることには意味があります。

2分30秒だった。

3分だった。

4分だった。

比較するための重要な情報です。

でも、時間そのものがコーヒーから成分を引っ張り出しているわけではありません。

時間が長いということは、

水とコーヒーの間で成分が移動できる状態が、それだけ長く続いた

ということです。

その間に、

どんな水があったのか。

どんな粉の状態だったのか。

どんな温度だったのか。

どんな流れだったのか。

によって、同じ3分でも結果は変わります。

だから、

時間は抽出を説明する重要な変数ですが、抽出そのものではありません。

では、抽出は最初から最後まで同じように進む?

同じではありません。

抽出が進むにつれて、

コーヒー側の状態が変わります。

水側の状態も変わります。

さらにドリップでは、新しい水が加わり、抽出液が外へ出ていきます。

粉の中でも、場所によって水との接触の仕方が違う可能性があります。

つまり抽出は、

一定速度で進む一本の直線ではありません。

時間とともに条件そのものが変化していく現象です。

だから、

「3分だから抽出できた」

ではなく、

その3分間に何が起きていたのか

を見る。

時間を30秒延ばして味が変わったなら、

「30秒という数字が味を変えた」

のではなく、

その30秒の間に何が変化したのか

を考える。

そうすると抽出時間は、守るための数字ではなく、抽出を観察するための情報になります。