コーヒーの淹れ方には、よくこんな言葉が出てきます。
「中挽きにしてください」
「少し粗めがおすすめです」
「中細挽きくらいがいいでしょう」
なんとなく意味は分かります。
細挽きよりは粗く、粗挽きよりは細かい。
では、
どこからどこまでが「中挽き」なのでしょう。
ここを正確に決めようとすると、意外と簡単ではありません。
「中挽き」という粒があるわけではない
コーヒー豆を挽くと、さまざまな大きさの粒ができます。
その状態を伝えやすくするために、
極細挽き。
細挽き。
中細挽き。
中挽き。
粗挽き。
といった名前を使っています。
つまり「中挽き」は、
粉そのものに最初から備わっている性質ではなく、粉の状態をある範囲に分けて付けた名前
です。
以前、コーヒー豆の等級について考えたときと少し似ています。
現実には連続しているものを、扱いやすくするために区切っています。
では、中挽きは何μm?
数字で決めれば簡単そうです。
たとえば、
「○○μmから○○μmを中挽きにしよう」
と決める。
そうすれば曖昧さは減ります。
ただし、それだけで「中挽き」が完全に決まるわけではありません。
前の記事で見たように、実際のコーヒー粉は一つの大きさではないからです。
仮に「700μmの粉」と呼んだとしても、すべての粒が700μmになっているわけではありません。
もっと小さな粒もあります。
もっと大きな粒もあります。
つまり、本当に見ているのは一つの粒径ではなく、
粒の大きさの分布です。
平均が同じなら、同じ中挽き?
二つのグラインダーで豆を挽いたとします。
どちらも測定すると、代表となる粒径がほぼ同じだった。
それなら同じ粉でしょうか。
そうとは限りません。
一方は、中心付近に粒が比較的集まっている。
もう一方は、小さな粒から大きな粒まで広く分布している。
そんなことがあります。
代表となる数字が同じでも、
分布の形まで同じとは限らない
わけです。
これは平均身長が同じ二つの集団を考えると分かりやすいでしょう。
平均170cmでも、
ほとんどの人が170cm前後の集団と、
150cmから190cmまで広くいる集団では、
中身はずいぶん違います。
平均だけを見ると、その違いは消えてしまいます。
コーヒー粉でも似たことが起こります。
グラインダーの目盛りでは決められない
では、
「このグラインダーの5番が中挽き」
と決めたらどうでしょう。
そのグラインダーを使っている間は、とても便利です。
昨日5だった。
今日も5にする。
4にして少し細かくする。
6にして少し粗くする。
こうした使い方なら、目盛りは十分役に立ちます。
しかし別のグラインダーの「5」は、同じ意味ではありません。
メーカーが違えば当然違いますし、機種が違っても違います。
目盛りは、
そのグラインダーの設定を再現するための基準
としては便利ですが、
世界共通の粒の大きさを表す単位
ではありません。
では、刃の隙間を測ればいい?
もう少し踏み込むと、
「刃と刃の間隔を測れば、共通の基準にできるのでは?」
と考えられます。
これも、そう単純ではありません。
グラインダーは、設定した隙間と同じ大きさに豆を切りそろえているわけではありません。
豆は刃に入り、割れたり砕かれたりしながら細かくなっていきます。
刃の形。
刃の直径。
溝の形状。
回転の仕方。
豆の入り方。
粉が外へ出るまでの経路。
こうした条件によって、粉砕のされ方は変わります。
したがって、
刃の隙間が同じだから、出来上がる粉も同じ
とは限りません。
刃間隔は粉砕条件の一つであって、完成した粒の大きさそのものではありません。
そもそも、粒の大きさはどう測る?
ここでさらに面倒な問題が出てきます。
粒の大きさを数字にするには、
どうやって測ったか
も決めなければなりません。
たとえば、ふるいを使う方法があります。
ある大きさの網を通るか、通らないかを見る。
これなら粒を一定の範囲に分けられます。
画像から粒の大きさを測る方法もあります。
別の測定原理を使って粒度分布を調べる方法もあります。
しかしコーヒー粉は、きれいな球ではありません。
細長いもの。
平たいもの。
角張ったもの。
複雑な形のもの。
があります。
だから「粒径○○μm」という数字も、
何をどう測って、その大きさとしたのか
によって意味が変わることがあります。
数字にした瞬間に、曖昧さが全部消えるわけではありません。
それなら「中挽き」は意味がない?
そんなこともありません。
「中挽き」はかなり便利な言葉です。
たとえば初めてコーヒーを淹れる人に、
「粒度分布の中央値を測定してください」
と言うより、
「まずは中挽きくらいから始めてください」
と言った方が実用的でしょう。
大切なのは、
曖昧な言葉だから悪いのではなく、その言葉でどこまで共有できるかを知っておくこと
です。
日常的な説明なら「中挽き」で十分なことがあります。
抽出を細かく比較するなら、それでは足りないことがあります。
目的によって、必要な解像度が違います。
写真と一緒なら、もう少し伝わる
挽き目を説明するとき、写真や見本を使う方法もあります。
言葉だけの「中挽き」より、実際の粉を見せた方が状態を共有しやすくなります。
ただし写真にも、
撮影倍率。
画面の大きさ。
比較する物差し。
光。
表示環境。
などの条件があります。
「この写真と同じくらい」も、厳密な測定ではありません。
それでも目的が、
家庭で淹れるためのおおよその出発点を伝えること
なら、十分役に立つ場合があります。
基準は、精密であればあるほど優れているわけではありません。
必要な精度で共有できればいい。
「中挽き」は、出発点として使える
レシピに「中挽き」と書かれていたとします。
それを、
「中挽きにすれば正しい味になる」
と考える必要はありません。
まず中挽きくらいから淹れてみる。
抽出時間を見る。
液体の状態を見る。
飲んでみる。
そして必要なら、
少し細かくする。
少し粗くする。
そうやって調整できます。
このとき「中挽き」は、
正解ではなく、調整を始めるための基準
になります。
「少し細かく」は、意外と優秀な言葉
数字でない表現は曖昧だから、役に立たないようにも見えます。
でも、同じグラインダーを使っているなら、
「今より少し細かく」
はかなり明確な指示になります。
現在の状態が基準になっているからです。
何μmなのか分からなくても、
今の設定より細かくする。
そして結果を見る。
比較という目的なら、それで十分なことがあります。
逆に「650μm」と非常に正確そうな数字を書いても、測定方法も粒度分布もグラインダーも違えば、期待した状態を再現できないことがあります。
数字が細かいことと、情報の精度が高いことは同じではありません。
どこまで細かく決めればいい?
家庭で一杯淹れる。
店でスタッフ同士がレシピを共有する。
違う店舗で同じ抽出を再現する。
グラインダーを比較する。
研究として抽出条件を調べる。
目的が違えば、必要な基準も変わります。
家庭なら、
「中挽きから始めて、味を見ながら調整する」
で十分かもしれません。
店舗なら、
グラインダーの機種と目盛り。
豆量。
湯量。
抽出時間。
なども共有した方が再現しやすくなります。
さらに詳しく比較するなら、実際の粒度分布まで見る意味が出てきます。
ここでも、
測れるから測るのではなく、何を知りたいかによって測るものを決める。
順番はそちらです。
「中挽き」って、どのくらい?
一つの絶対的な答えがある言葉ではありません。
「中挽き」は、
連続している粉の大きさを扱いやすくするために、ある範囲へ付けた名前です。
だから便利です。
そして、だから限界もあります。
言葉で足りるなら、言葉を使う。
比較したければ、基準を決める。
再現したければ、条件を増やす。
もっと詳しく知る必要が出たら、測定の解像度を上げる。
最初から全部を細かく決める必要はありません。
必要になったところまで、詳しく見る。
「中挽き」という少し曖昧な言葉は、その入口として十分に役に立ちます。