「スペシャルティコーヒー」という言葉は、日本だけで使われているものではありません。
アメリカでも、ヨーロッパでも、生産国でも使われています。
では、世界中の人がまったく同じ意味で「スペシャルティコーヒー」と言っているのでしょうか。
実は、そう単純ではありません。
同じコーヒーを飲んでも、人によって感じ方や評価が違うように、コーヒーの何に価値を感じるかも、国や地域、市場によって違います。
そして「スペシャルティコーヒー」という言葉自体も、その違いを含みながら使われています。
世界共通の一つの答えがあるわけではない
スペシャルティコーヒーには、世界中のすべての国や店が従わなければならない一つの規格があるわけではありません。
もちろん、品質を評価するための基準や方法はあります。
長く使われてきたSCAのカッピング評価や、生豆の欠点を確認する基準などは、国を越えてコーヒーを比較し、取引するための共通言語として大きな役割を果たしてきました。
しかし、
「何をスペシャルティと考えるか」
「どんなコーヒーに価値を感じるか」
まで、世界中で完全に同じというわけではありません。
現在のSCAは、どう考えている?
現在のSCA(Specialty Coffee Association)は、スペシャルティコーヒーを単純に「80点以上のコーヒー」とは定義していません。
味や香り、口当たりといったカップの中で感じられる特徴だけでなく、産地、生産者、栽培方法、精製方法などの情報も、そのコーヒーの価値を形づくるものとして考えています。
そして重要なのは、
どの特徴に価値を感じるかは、人や市場によって違う
と考えていることです。
ある地域では、華やかで特徴の強い風味が高く評価されるかもしれません。
別の地域では、甘さやバランス、飲みやすさがより重視されるかもしれません。
生産者や農園が明確であることに価値を感じる人もいます。
環境への取り組みや、生産者との関係を重視する人もいます。
つまり、「特徴がある」ということと、「その特徴を誰が高く評価するか」は別の話です。
日本では、どう考えられている?
日本には、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)があります。
SCAJは、スペシャルティコーヒーについて、
最終的に消費者が飲む一杯のコーヒーがおいしく、満足できるものであることを重視しています。
そして、その一杯を実現するためには、生産地での栽培、収穫、精製、選別から、輸送、保管、焙煎、抽出まで、すべての段階で適切な品質管理が必要だと考えています。
いわゆる「From seed to cup」という考え方です。
種から一杯のコーヒーになるまで。
どこか一つだけ良ければいいのではなく、それぞれの段階が最終的な一杯につながっている、という考え方です。
さらにSCAJは、どこで、誰が、どのように作ったコーヒーなのかをたどれることや、生産や流通を将来も続けていけることも、スペシャルティコーヒーを考えるうえで重要だとしています。
日本では「おいしさ」をどう見る?
SCAJの定義には、もう一つ興味深いところがあります。
「日本人がおいしいと感じるコーヒーの風味特性」を研究課題としていることです。
これはかなり重要な一文です。
世界共通の評価方法があったとしても、世界中の人がまったく同じ味を好むとは限りません。
食文化が違います。
普段飲んでいるコーヒーも違います。
好まれる焙煎度も違えば、飲み方も違います。
何を「甘い」「きれい」「強い」「飲みやすい」と感じるかも、文化や経験の影響を受けます。
共通の評価方法を持つことと、全員が同じものを好きになることは、同じではありません。
海外でも、一つではない
では「海外ではこうだ」と言えるのでしょうか。
これも難しいところです。
そもそも海外という一つの市場があるわけではありません。
アメリカとヨーロッパでも違います。
国によっても違います。
さらに同じ国の中でも、大手のコーヒー会社、スペシャルティロースター、輸入業者、生産者、競技会、一般の消費者では、コーヒーを見る目的が違います。
競技会で高く評価されるコーヒー。
オークションで高値がつくコーヒー。
毎日飲みたいコーヒー。
店で安定して提供しやすいコーヒー。
大量に継続して仕入れられるコーヒー。
これらは、すべて同じ条件で選ばれるわけではありません。
「海外ではこういうコーヒーが評価されている」と一括りにしてしまうと、その中にある違いが見えなくなります。
評価された点数は、コーヒーそのものの絶対値?
カッピングで高い点数を取ったコーヒーには、その評価につながった特徴があります。
ただし、その点数を、そのコーヒーがいつでも持っている絶対的な数字のように考えると少し違います。
評価には、いくつかの条件があります。
一つは、いつ評価したのか。
コーヒーは時間がたってもまったく同じ状態ではありません。
生豆は保管中にも変化しますし、焙煎したコーヒーも時間とともに変化します。
評価されたときに見えていた特徴が、その後もまったく同じとは限りません。
二つ目は、何を評価したのか。
どの評価方法を使い、どの項目を見て、どのように点数をつけるのか。
評価の仕組みが違えば、同じコーヒーを見ていても、数字が表しているものまで同じとは限りません。
そして三つ目が、誰が評価したのかです。
共通の基準を使い、評価する人が訓練を受けることで、できるだけ同じようにコーヒーを見られるようにします。
それでも最後に香りや味を感じ、判断するのは人です。
同じ特徴を感じても、それをどの程度強く感じるか、どのくらい好ましいと判断するかまで、すべての人が完全に一致するわけではありません。
だからといって、点数やカッピングに意味がないわけではありません。
むしろ、評価した時点、方法、項目、条件を揃えるからこそ、コーヒー同士を比較し、その違いを共有できます。
大切なのは、
「85点だった」という数字だけを切り離して見るのではなく、「いつ、どんな方法で、誰が評価した85点なのか」まで含めて見ることです。
評価はコーヒーそのものではありません。
その時点のコーヒーを、決められた方法で観察し、評価した結果です。
カッピングで高い点数を取ったコーヒーには、その評価につながった特徴があります。
しかし、高得点だから世界中の誰にとっても同じ価値を持つ、とは限りません。
たとえば非常に特徴の強いコーヒーが高く評価されたとしても、その特徴を毎日飲みたいと思う人ばかりではありません。
反対に、評価表では突出した特徴が少なくても、ある店のお客様には非常に好まれるコーヒーもあります。
ここで、
「評価が間違っている」
という話にする必要はありません。
評価しているものが違う可能性があります。
競技会で評価したいもの。
生豆を買うときに確認したいもの。
焙煎店が商品として扱うときに必要なもの。
そして、飲む人が一杯のコーヒーに求めるもの。
目的が違えば、見るところも変わります。
同じ言葉でも、見ているものが違う
「スペシャルティコーヒー」という言葉を使っていても、その人が何を指しているのかは確認した方がよさそうです。
高いカッピングスコアのことを言っているのか。
特徴的な風味のことを言っているのか。
産地や生産者が明確なことを重視しているのか。
生産から流通までの取り組みを含めて考えているのか。
あるいは、それらを組み合わせて考えているのか。
同じ言葉を使っているからといって、同じものを見ているとは限りません。
違うことは、問題なの?
世界共通の基準があった方が、比較や取引には便利です。
一方で、コーヒーを飲む人まで世界中で同じ評価をする必要はありません。
むしろ、地域や文化、市場によって価値の感じ方が違うことは自然なことです。
共通の基準を持ちながら、その違いも見る。
現在のスペシャルティコーヒーは、少しずつその方向へ動いているように見えます。
だから、
「これはスペシャルティコーヒーです」
という言葉だけでは、本当はまだ情報が足りません。
そのコーヒーの何を見て、何に価値を感じて、そう呼んでいるのか。
そこまで見ていくと、「スペシャルティ」という言葉の意味も少し違って見えてきます。
では、チバコーヒーでは何を見て、コーヒーを選んでいるのか。
スペシャルティとコモディティをどう考え、高得点のコーヒーをどう見ているのか。
次は、チバコーヒー自身の考え方を書いてみます。