「いつもこうなる」は、どこまで信じていい?

コーヒーを何度も扱っていると、

「この豆は、いつもこうなる」

「この淹れ方なら、この味になる」

「このくらいの焙煎なら、こういう味になる」

と感じることがあります。

一度だけではなく、何度も似た結果が出ているなら、それは次の判断に使える大切な情報です。

では、

何度か同じ結果が出れば、「いつもこうなる」と考えてよいのでしょうか。

たとえば、同じコーヒーを同じような条件で5回抽出して、毎回似た結果になったとします。

そこから、

「この条件では、こうなりやすい」

と考えることはできます。

では、別のコーヒーでも同じでしょうか。

同じ豆でも、焙煎してからの日数が変わったらどうでしょうか。

水が変わったら。

ドリッパーが変わったら。

季節や環境が変わったら。

同じ結果になるとは限りません。

つまり、

繰り返し確認できたことには、その結果を確認した範囲があります。

焙煎でも同じです。

ある生豆で、ある操作をすると、何度も似た変化が見られたとします。

それは、その豆を焙煎するときの有力な手がかりになります。

しかし、

「この操作をすれば、どんな豆でも同じ結果になる」

とまでは言えません。

品種。

精製方法。

含水率。

水分活性。

密度。

保管状態。

バッチ量。

焙煎機。

条件が変われば、同じ操作に対する反応も変わる可能性があります。

ここで重要なのは、

「何回確認したか」だけではなく、「どんな条件で確認したか」を見ることです。

100回同じ結果になったとしても、100回すべてがほとんど同じ条件なら、

「その条件では再現しやすい」

ことは分かります。

しかし、そこからまったく違う条件でも同じだとは言えません。

反対に、産地や精製、状態の違うコーヒーでも似た傾向が繰り返し見られるなら、適用できる範囲はもう少し広いのかもしれません。

だから、

「何回やった?」

と同時に、

「どこまで違う条件で確かめた?」

と考えます。

では、何回試せば十分なのでしょうか。

これは、単純に回数だけでは決められません。

何を知りたいのかによって必要な確認も変わるからです。

自分の店で、いつも使っている豆を安定して抽出したい。

そのための経験則なら、その店の条件で繰り返し確認することに大きな意味があります。

一方で、

「コーヒーは一般にこうなる」

と広く説明したいなら、もっと多くの条件を考える必要があります。

結論を広くするほど、それを支える確認の範囲も広く必要になります。

ここで、経験則の使い方も変わってきます。

「いつもこうなるから、今回もこうなる」

と決めるのではなく、

「これまでは、この条件でこうなることが多かった」

と考えます。

すると、その経験を次の予測に使いながら、今回の状態も観察できます。

そして、いつもと違う結果が出たとき。

それを例外として無視することもできます。

でも、

「なぜ今回は違ったのだろう」

と見ることもできます。

豆の状態が違ったのか。

操作が違ったのか。

環境が違ったのか。

それとも、それまで考えていた関係に別の条件が隠れていたのか。

いつもと違う結果は、これまでの考えが使える範囲を知るための情報になります。

それまで、

「AをするとBになる」

と考えていたものが、

「この条件では、AをするとBになりやすい」

に変わるかもしれません。

さらに経験が増えれば、

「この条件ではBになるが、別の条件ではCになる」

と分けられるかもしれません。

これは、以前の考えが間違っていたというだけではありません。

条件が増えたことで、説明が細かくなった

と見ることもできます。

コーヒーについて学んでいると、

「浅煎りはこう」

「ナチュラルはこう」

「この温度ならこう」

といった説明に出会います。

そうした説明は、最初に理解するための手がかりになります。

ただ、そのときにも、

「必ずそうなるのか」

「そうなりやすいという話なのか」

「どんな条件で確認された話なのか」

を分けて考えることができます。

傾向と決まりは、同じではありません。

経験から見つけた傾向は、次の判断を助けてくれます。

でも、新しい結果が出たら、その傾向がどこまで使えるのかを見直します。

繰り返す。

傾向を見つける。

次を予測する。

違う条件でも確かめる。

例外を見る。

必要なら、考えていた範囲を修正する。

「いつもこうなる」という経験は、捨てる必要も、絶対視する必要もありません。

どんな条件ならそう言えるのかを一緒に持っておく。

そうすれば、経験則は決めつけではなく、次の判断に使える道具になります。