コーヒーについて知ろうとすると、
たくさんのことが出てきます。
産地。
品種。
精製方法。
生豆の状態。
焙煎。
挽き方。
水。
抽出。
味や香り。
測定する数字。
調べれば調べるほど、覚えることは増えていきます。
では、
たくさん知っていることが、コーヒーを知っているということなのでしょうか。
知識は役に立ちます。
コーヒーチェリーがどのように精製されるのかを知っていれば、生豆を見るときの手がかりが増えます。
焙煎中に何が起きているのかを知っていれば、変化を考える材料が増えます。
抽出について知っていれば、味が狙いと違ったときに確認できることが増えます。
味覚や嗅覚について知っていれば、自分が感じているものを少し整理しやすくなります。
でも、
知識を持っているだけで、目の前のコーヒーが分かるとは限りません。
同じ産地でも違います。
同じ品種でも違います。
同じ精製方法でも違います。
同じ焙煎度と書かれていても違います。
同じレシピで淹れても、まったく同じ結果になるとは限りません。
名前が同じだから、状態まで同じとは限らない。
だから、知っていることをそのまま当てはめるだけではなく、
まず目の前にあるものを見ます。
色を見る。
香りを感じる。
音を聞く。
時間や温度を見る。
味わう。
必要なら数字を測る。
記録する。
そして、
いつもと何が違うのか
を見つけます。
違いに気づいたら、それを言葉や数字で表してみます。
「なんとなく違う」
から、
「香りが違う」
「酸味の感じ方が違う」
「抽出時間が長い」
「1ハゼまでの進み方が違う」
と、少しずつ具体的にしていきます。
表すことができれば、前回と比べることができます。
他の人とも共有できます。
記録として残すこともできます。
そこから、
「なぜ違ったのだろう」
と考えることができます。
ただし、
違いを見つけること自体が目的ではありません。
何をしたいのかによって、見るべき違いは変わります。
おいしい一杯を淹れたい。
好きな味を見つけたい。
商品として安定させたい。
焙煎を変えたい。
二つの豆を比べたい。
原因を確かめたい。
誰かに伝えたい。
目的が違えば、必要な観察も、測る数字も、許容できる違いも変わります。
だから、
「この数字が正しい」
「この方法が正しい」
「この味が良い」
と最初から決めるのではなく、
何を目指しているのか
を確認します。
そのために方法を選びます。
実際にやってみます。
結果を見ます。
予想と比べます。
違っていたら、その理由を考えます。
仮説を立てます。
必要なら、条件を変えてもう一度試します。
それでも分からなければ、
「まだ分からない」
と残しておくこともできます。
分からないことは、なくなりません。
むしろ、知るほど増えることもあります。
一つ分かると、
それまで見えていなかった違いが見えるからです。
昔は、
「このコーヒーは苦い」
だけだったものが、
比べるようになると、
苦味の強さだけではなく、
香り。
甘さ。
口当たり。
後味。
温度による変化。
いろいろな違いとして見えてくることがあります。
分かることが増えたから、
世界が単純になるとは限りません。
むしろ、違いが見えるようになることで、簡単には決められなくなることもあります。
でも、それは何も分からなくなったということではありません。
見えるものが増えたということです。
そして、
一度分かったことも、ずっと同じように使えるとは限りません。
コーヒー豆は変化します。
収穫が変わります。
保管によっても変化します。
器具も変わります。
環境も変わります。
自分の経験も増えていきます。
だから、
昨日まで使っていた方法が、今日も使えるかを見る。
以前の経験から予想する。
実際の結果を確認する。
違っていれば考え直す。
知ったことを使いながら、必要なら更新していきます。
これは、以前の自分を否定することではありません。
そのとき分かっていたことに、新しく分かったことを加えるということです。
コーヒーを知ることは、
答えを集めて終わることではないのかもしれません。
目の前のコーヒーを見る。
違いに気づく。
それを表す。
比べる。
誰かと共有する。
なぜなのか考える。
試してみる。
結果から判断する。
そして、
必要なら考えを変える。
その繰り返しです。
知識が増えれば、見えるものが増えます。
経験が増えれば、比べられるものが増えます。
記録が増えれば、過去と今を比べられます。
でも、それらは答えを固定するためだけにあるのではありません。
目の前で起きていることを、もう少しよく見るために使うことができます。
コーヒーは、毎回まったく同じではありません。
だからこそ、
見ることができます。
比べることができます。
考えることができます。
そして、また次の一杯で確かめることができます。
コーヒーを知るということは、答えをたくさん持つことだけではなく、目の前の違いから次に何を考えるかを知っていくことなのだと思います。