レシピ通りなのに、味が違うのはなぜ?

昨日と同じ豆。

同じ粉量。

同じ挽き目。

同じ湯量。

同じ温度。

同じ注ぎ方。

抽出時間もほぼ同じ。

それなのに、

昨日と味が違う。

コーヒーを淹れていると、こんなことがあります。

すると、

「どこか失敗したのかな」

と思います。

でも、その前に考えてみたいことがあります。

そもそも「同じレシピ」とは、何が同じなのでしょうか。

そして、

レシピを再現することと、味を再現することは同じなのでしょうか。

レシピが同じなのは、設定した条件が同じということ

たとえば、

コーヒー15g。

お湯250g。

90℃。

グラインダー5。

3分。

というレシピがあったとします。

昨日も今日も、この数字をそろえました。

ここで再現できたのは、

レシピに書かれている設定値

です。

でも前の記事で見たように、レシピには抽出条件のすべてが書かれているわけではありません。

さらに、

同じ設定値にしたからといって、実際に起きた現象まで同じとは限りません。

同じ「グラインダー5」でも、粉は完全には同じではない

グラインダー編で見たように、

目盛りは出来上がった粉の粒径そのものではありません。

同じグラインダー。

同じ設定。

でも、毎回まったく同じ形、大きさの粒が同じ割合で作られるわけではありません。

実際の粉には粒度分布があります。

細かな粒もあります。

大きな粒もあります。

さらに、

豆の状態。

焙煎からの日数。

グラインダー内部の状態。

残っていた粉。

静電気。

なども関係する可能性があります。

だから、

設定値の再現と、粉の状態の再現は別です。

同じ90℃でも、抽出中の温度は同じとは限らない

温度も同じです。

昨日もケトルを90℃に設定した。

今日も90℃。

設定値は再現できています。

でも、

器具の温度。

コーヒー粉の温度。

室温。

注湯の間隔。

水位。

などが違えば、抽出中の温度変化まで完全に同じとは限りません。

つまり、

スタートの温度をそろえることと、温度履歴をそろえることは違います。

同じ250gでも、水の動きは同じとは限らない

湯量も250g。

注湯のタイミングもそろえた。

それでも、

注ぐ位置。

瞬間的な流量。

湯の太さ。

粉の動き。

水位。

粉床の状態。

などには小さな違いが生まれます。

そして前の記事で見たように、注ぎ方は複数の条件をまとめて動かします。

だから、

同じ250gを使ったことと、同じように250gの水が粉と接触したことは別です。

同じ3分でも、中身は違うことがある

抽出時間も同じだったとします。

昨日3分。

今日3分。

それでも、

昨日は前半が速く、後半が遅かった。

今日は前半が遅く、後半が速かった。

ということがあります。

終了時刻だけを見れば同じです。

でも、その途中で起きていたことは違います。

つまり、

総時間の再現と、抽出過程の再現も別です。

コーヒーそのものも変わっている

さらに厄介なのが、コーヒー豆です。

昨日と同じ袋から出した豆でも、

昨日の豆と今日の豆は、時間という条件まで含めれば完全に同じ状態ではありません。

焙煎後のコーヒーは変化を続けています。

ガスが抜ける。

香気成分が変化する。

周囲とのやり取りも起こる。

保存状態によって、その進み方も変わります。

だから、

「同じ豆」

という言葉も、

同じ商品であることと、同じ状態であることは別

です。

水も「同じ水」とは限らない

同じ水道から取った水。

同じ浄水器を通した水。

それでも条件が完全に一定とは限りません。

水そのものの組成について細かく見るなら、それだけで別の章になります。

ここでは、

レシピに「水250g」と書くだけでは、水の状態まですべて固定したことにはならない

と分かれば十分です。

水量を再現することと、水そのものを再現することも別です。

どこまで同じなら、「再現できた」と言える?

ここで、「再現」という言葉を少し分けてみます。

たとえば、

設定値を再現する。

粉量、湯量、設定温度、グラインダー設定などをそろえる。

次に、

抽出中の状態を再現する。

温度変化、水の流れ、抽出時間、粉床の状態などを近づける。

さらに、

測定結果を再現する。

出来上がり量、TDS、抽出率などが近い値になる。

そして、

味を再現する。

香り、酸味、甘味、苦味、口当たり、後味などが同じように感じられる。

全部、「再現」と呼べます。

でも、同じものではありません。

設定値が同じでも、測定値が違う

これは比較的分かりやすい状態です。

昨日も今日も、

15g。

250g。

90℃。

3分。

でも、

昨日のTDSは1.30%。

今日は1.24%。

だった。

設定値は近い。

でも、結果として測定した濃度は違った。

なら、

レシピに書かれていない何かが変わった可能性

を考えることができます。

ここで初めて、見る項目を増やす理由が生まれます。

測定値が同じでも、味が違う

もう少し面白いのはこちらです。

昨日も今日も、

TDS 1.30%。

抽出率もほぼ同じ。

でも、飲んでみると違う。

そんなことも考えられます。

TDSは、コーヒーの中にある一つ一つの成分を個別に測っている数字ではありません。

抽出率も、粉全体からどの成分がどこからどのように取り出されたかを表しているわけではありません。

だから、

同じTDS、同じ抽出率でも、同じ味になるとは限りません。

これは測定が役に立たないという話ではありません。

むしろ、

「この味の違いは、TDSや平均的な抽出率だけでは説明できなさそうだ」

と分かります。

それも測ったから得られる情報です。

味が同じなら、条件も同じ?

逆も考えてみましょう。

昨日と今日で少し条件が違った。

でも飲んでみると、ほとんど同じに感じた。

では、抽出も同じだったのでしょうか。

それも分かりません。

違う条件から、似た味に到達することもあります。

さらに人間の感覚にも、

感じ取れる差。

感じ取りにくい差。

があります。

つまり、

同じように感じたことと、物理的・化学的に同じ状態だったことも別です。

そもそも人間も毎日同じではない

そして最後に残るのが、飲む側です。

同じ人でも、

前に何を食べたか。

コーヒーの温度。

周囲の香り。

飲む順番。

評価する環境。

などによって、感じ方が変わることがあります。

さらに複数人で評価すれば、感じ方や言葉の使い方にも違いがあります。

だから味を比較するときには、

コーヒーだけではなく、

評価する条件

も存在しています。

これも「同じレシピ」の中には普通、書かれていません。

では、完全な再現はできない?

ここで、

「それなら全部意味がない」

へ行く必要はありません。

完全に同一でなくても、

必要な範囲で再現できれば役に立ちます。

家庭で毎朝飲むなら、

「だいたいいつもの味」

で十分かもしれません。

店なら、

スタッフが変わっても、お客様が大きな違和感を持たない範囲にそろえたいかもしれません。

検証なら、

違いの原因を調べられる程度まで条件を管理する必要があります。

研究なら、さらに厳密さが必要になります。

つまり、

どこまで再現する必要があるかは、目的によって違います。

ばらつきは、なくすだけのもの?

毎回少し違う。

普通は、それを悪いこととして考えます。

もちろん、店の商品として大きくぶれるなら問題になります。

でも、ばらつきにはもう一つ役割があります。

何が安定していて、何が安定していないかを教えてくれる

ことです。

10回淹れて、

粉量はほぼ同じ。

湯量も同じ。

抽出時間だけ大きく動く。

なら、時間が変わる理由を調べることができます。

TDSは安定している。

でも味の評価が大きく動く。

なら、濃度以外の要因や評価方法を見る理由になります。

ばらつきは邪魔なノイズであると同時に、

まだ見ていない条件の存在を知らせる情報

になることがあります。

だから、いきなり項目を増やさない

味が違った。

そこで、

室温。

湿度。

粒度分布。

水質。

粉床温度。

流量。

圧力。

その他あらゆるものを測り始める。

やろうと思えばできます。

そしてコーヒー一杯のために計測室が完成します。

でも、目的は計測器を増やすことではありません。

まず、

今までのレシピで何がそろっているか。

何が違ったか。

その違いを説明するには、何を見る必要があるか。

を考えます。

それから項目を増やします。

解像度を上げるのか、項目を増やすのか

たとえば、

「抽出時間3分」

では違いが分からない。

そこで、

1投目終了。

2投目終了。

200g到達。

抽出終了。

と途中の時間も記録する。

これは、

時間という同じ項目の解像度を上げた

と考えられます。

一方、

時間だけでは説明できないので、TDSも測る。

これは、

見る項目を増やした

ことになります。

さらに、

今まで3分を基準にしていたけれど、検証した結果、この豆では3分20秒付近を新しい基準にする。

これは、

基準そのものを変えた

ことになります。

三つは似ていますが、違う操作です。

レシピを変える前に、何が違ったかを見る

味が違うたびにレシピを変更していると、

何が原因だったのか分からなくなります。

昨日は細かくする。

今日は温度を下げる。

明日は湯量を増やす。

明後日は注ぎ方を変える。

これでは毎回別の実験です。

だから、

観察する。

違いを見つける。

原因を仮定する。

必要なところだけ変える。

もう一度結果を見る。

という順番が役立ちます。

再現するのは、数字ではなく目的

店でレシピを作る場合にも同じです。

たとえば、

「15g、250g、90℃、3分」

という基準を作った。

スタッフが全員その通りに淹れた。

数字はそろいました。

でも、狙った味になっていない。

それなら、

「レシピを守ったから問題ない」

とは言えません。

反対に、豆の状態が変化して、

挽き目を少し調整した。

結果として狙った味に戻った。

この場合、

レシピの設定値は変わっています。

でも、

再現したかったものには近づいています。

何を再現したかったのか。

ここを忘れると、レシピの数字だけが残ります。

レシピ通りなのに、味が違うのはなぜ?

レシピは、抽出条件の一部を記録したものです。

同じレシピでも、

粉の状態。

コーヒーの状態。

水。

温度履歴。

流れ。

粉床。

抽出の途中経過。

評価する条件。

などが完全に同じとは限りません。

そして、

設定値の再現。

途中の状態の再現。

測定値の再現。

味の再現。

これらは同じではありません。

だから「レシピ通りなのに違った」は、必ずしも失敗ではありません。

むしろ、

レシピに書かれている条件だけでは説明できない違いが見つかった

という観察結果です。

そこから必要なら、見る項目を増やす。

必要なら、測る解像度を上げる。

そして繰り返し確かめて、必要なら基準を更新する。

レシピは、違いをなくすためだけのものではありません。

違いが起きたときに、どこから考え始めればいいかを残しておくものでもあります。

同じにすることだけが「再現」ではありません。

何を同じにしたいのかを決めることから、再現は始まります。