レシピは、何のためにある?

コーヒーを淹れるとき、レシピを使います。

たとえば、

コーヒー15g。

お湯250g。

湯温90℃。

中挽き。

3分で抽出。

何回かに分けて注ぐ。

数字が並ぶと、その通りにやれば正しいコーヒーができるように見えます。

でも、

レシピは、正解を書いたものなのでしょうか。

同じレシピを使ったのに、昨日と味が違う。

別の人が淹れたら違う。

豆が変わったら違う。

グラインダーを変えたら違う。

そんなことは普通に起こります。

では、レシピには何の意味があるのでしょう。

レシピは、抽出条件を書いたもの

ここまで、

挽き目。

水量。

温度。

時間。

注ぎ方。

について見てきました。

どれも抽出に関係します。

レシピは、これらをまとめて、

「このとき、どんな条件で抽出したか」

を記述したものだと考えることができます。

つまりレシピは、コーヒーそのものではありません。

抽出という現象を再現しやすくするために、条件の一部を書き出したものです。

すべての条件は書けない

レシピに、

「15g、250g、90℃、3分」

と書いたとします。

かなり具体的に見えます。

でも、まだ書かれていないことがあります。

どのコーヒーなのか。

焙煎から何日経っているのか。

どのグラインダーなのか。

「中挽き」はどの程度なのか。

どのドリッパーなのか。

どのフィルターなのか。

水は何を使ったのか。

室温はどうだったのか。

器具を予熱したのか。

注ぐ速度はどうだったのか。

粉の層はどのような状態だったのか。

全部書こうと思えば、いくらでも増えていきます。

でも、それでは一杯淹れるたびに実験報告書を書くことになります。

さすがにコーヒーを飲む前に疲れます。

だからレシピでは、

再現するために必要だと思う条件を選んで記録します。

書かれていない条件も存在している

ここは重要です。

レシピに書いていないからといって、その条件が存在していないわけではありません。

たとえば水について何も書かれていなくても、必ず何らかの水を使っています。

室温を書いていなくても、抽出はどこかの温度環境で行われています。

グラインダーを書いていなくても、何かで挽いています。

つまりレシピとは、

抽出条件のすべてではなく、その中から選んで記録したもの

です。

だから同じレシピなのに結果が違ったとき、

書かれていない条件に違いがなかったかを見ることもできます。

レシピは、戻ってくる場所になる

昨日、

15g。

250g。

90℃。

3分。

で淹れて、おいしかった。

今日、挽き目を少し細かくしたら、味が変わった。

では、昨日の状態へ戻したい。

そのときレシピがあれば、戻ることができます。

これが、

基準としてのレシピ

です。

レシピがあることで、

「昨日どうやったっけ」

から、

「昨日の条件へ戻して比べよう」

へ変えられます。

レシピは正解でなくても、比較の基準になります。

一つだけ変えて比べられる

基準となるレシピがあれば、条件を変えて試すこともできます。

15g。

250g。

90℃。

3分。

を基準にして、

湯温だけ85℃にする。

あるいは、

挽き目だけ少し細かくする。

その結果を比べる。

もちろん前の記事で見てきたように、一つの設定を変えると、その結果として別の現象まで変わることがあります。

挽き目を変えれば、流れや抽出時間も変わるかもしれません。

それでも、

自分が何を操作したのか

が分かっていれば、結果を考えやすくなります。

レシピは、人と共有するためにもある

自分一人なら、

「いつもの感じで」

でも淹れられるかもしれません。

でも、それを他の人へ伝えるのは難しくなります。

「少し細め」

「ゆっくり」

「熱すぎないお湯」

「いい感じまで注ぐ」

本人には分かります。

受け取った側には、なかなかの難題です。

そこで、

15g。

250g。

90℃。

30秒で50g。

1分で120g。

というように、共有できる形へ変えていきます。

つまりレシピには、

個人の感覚を、他の人と共有できる情報へ変える

役割もあります。

でも、数字にすれば完全に伝わる?

そうとも限りません。

「90℃」

は比較的明確に見えます。

でも前の記事で見たように、

どこで測った90℃なのか。

抽出中も90℃なのか。

までは分かりません。

「3分」

も同じです。

開始と終了をどこにしたのか。

途中でどんな流れだったのか。

は残っています。

さらに、

「グラインダー5」

と書いても、別のグラインダーの5とは比較できません。

つまり、

数字にしたことと、条件を完全に定義したことは同じではありません。

では、もっと細かく書けばいい?

必要なら細かくします。

「中挽き」

だけでは再現できないなら、

グラインダーと設定を書く。

それでも足りなければ、粒度分布を見る。

「3分」

だけでは違いが分からないなら、

途中の注湯時間も記録する。

「90℃」

だけでは足りなければ、

どこで測った温度なのかを決める。

これが、

基準の解像度を上げる

ということです。

ただし、細かくすればするほど良いわけではありません。

項目を増やすこともできる

一方、

今まで見ていなかった別の条件を見ることもできます。

たとえば、

粉量。

湯量。

温度。

時間。

を記録していた。

それでも結果が安定しない。

そこで、

出来上がり量。

水。

焙煎からの日数。

などを見るようにする。

これは、同じ項目を細かくしたのではありません。

見る項目を増やした

ことになります。

以前整理したように、

解像度を上げること。

項目を増やすこと。

そして、

基準そのものを変えること。

は別の操作です。

レシピ通りなのに、味が違う

これは失敗なのでしょうか。

まず、

違った

という観察ができます。

そこで、

レシピを守れなかったからだ。

とすぐ決める必要はありません。

本当に同じ条件だったのか。

書かれていない条件が変わっていなかったか。

コーヒーそのものが変化していないか。

測定のばらつきではないか。

を見ることができます。

たとえば同じ豆でも、焙煎後の日数が違えば状態は変わります。

グラインダーの設定が同じでも、出来上がる粉が完全に同じとは限りません。

同じ湯温設定でも、抽出中の温度履歴まで同じとは限りません。

つまり、

レシピが同じことと、抽出条件のすべてが同じことは別です。

それなら、レシピは不完全?

不完全です。

でも、それで問題ありません。

地図が実際の土地そのものではないように、レシピも抽出そのものではありません。

必要なのは、

目的に対して十分な情報があるか

です。

家庭で毎朝淹れるなら、

粉量。

湯量。

挽き目。

くらいで十分かもしれません。

店でスタッフ間の味をそろえるなら、

もう少し条件が必要になるでしょう。

実験として抽出方法を比較するなら、さらに多くの条件を管理する必要があります。

必要なレシピの細かさは、目的によって変わります。

有名なレシピなら、そのまま再現できる?

有名なバリスタやロースターのレシピを試すこともあります。

同じ豆量。

同じ湯量。

同じ温度。

同じ注湯回数。

それでも同じ味にならないことがあります。

当然です。

コーヒーが違う。

焙煎が違う。

グラインダーが違う。

水が違う。

器具が違う。

さらに、同じ器具でも操作の細部が違います。

だから他人のレシピは、

完成した答えというより、その人がある条件で得た結果を再現するための情報

として見ることができます。

では、有名なレシピを使う意味はない?

あります。

最初の基準になります。

何もないところから、

挽き目はどうしよう。

湯量はどうしよう。

温度はどうしよう。

注ぎ方はどうしよう。

と全部決めるより、一つのレシピから始めた方が比較できます。

まず、その通りにやってみる。

味を見る。

違和感を見る。

そこから調整する。

つまり他人のレシピは、

答えとして使うこともできますが、実験の開始地点として使うこともできます。

後者として使えるようになると、レシピがかなり自由になります。

レシピを変えたら、失敗?

基準のレシピが、

15g。

250g。

90℃。

3分。

だったとします。

でも、この豆では少し違う方が好ましかった。

そこで、

湯温を変えた。

挽き目を変えた。

水量を変えた。

それはレシピを守れなかったのではありません。

目的に合わせてレシピを更新した

と考えることができます。

もちろん一回の結果だけで毎回基準を変えていたら、比較しにくくなります。

だから、

試す。

結果を見る。

もう一度確かめる。

必要なら更新する。

という順番が使えます。

レシピを守ることが目的になっていないか

レシピを作ると、今度はその数字を守りたくなります。

3分のレシピなのに、3分20秒かかった。

失敗。

90℃なのに89℃だった。

失敗。

250gなのに252g入った。

失敗。

でも、本来の目的が、

狙ったコーヒーを作ること

だったなら、数字を守ったかどうかだけでは判断できません。

逆に、

レシピ通り完璧に淹れた。

でも狙った味ではなかった。

なら、

レシピを守ることには成功していても、目的を達成したとは限りません。

ここで以前の話へ戻ります。

基準は、守るために作ったのではありません。目的を達成するために作りました。

良いレシピって何だろう

細かいレシピでしょうか。

有名な人のレシピでしょうか。

数字がたくさん書いてあるレシピでしょうか。

それだけでは決まりません。

一つの考え方として、

その目的に必要な条件が、必要な精度で書かれているレシピ

と考えることができます。

簡単なレシピで十分再現できるなら、それ以上増やす必要はありません。

うまく再現できなくなったら、見る項目を増やす。

違いが小さくて分からなければ、必要な項目の解像度を上げる。

そして、目的に合わなくなったらレシピそのものを見直す。

レシピは、何のためにある?

レシピは、

正しい淹れ方を決めるためだけのものではありません。

条件を記録する。

比較する。

再現する。

人と共有する。

違いを見つける。

原因を考える。

そして必要なら更新する。

そのために使えます。

だからレシピを見たとき、

「この通りにやればおいしい?」

だけではなく、

「このレシピは、何を固定しようとしている?」

と考えてみる。

さらに、

「書かれていない条件は何だろう?」

と見る。

そうすると、レシピは手順書から、抽出を考えるための道具へ変わります。

そして最終的には、

レシピ通りに淹れられることより、なぜそのレシピなのかを説明できること。

そちらの方が、自分で調整するときには役に立ちます。