「正しい方法」は、目的が変わっても正しい?

コーヒーには、さまざまな方法があります。

豆の選び方。

焙煎の仕方。

挽き方。

お湯の温度。

抽出時間。

注ぎ方。

調べていると、

「こうした方がいい」

「この方法が正しい」

といった説明にも出会います。

実際に試してみて、うまくいく方法もあります。

では、一度うまくいった方法は、いつでも正しい方法なのでしょうか。

ここで考えたいのが、

「何のために、その方法を使うのか」

です。

たとえば、同じコーヒーを抽出するとします。

香りの特徴を分かりやすく感じたい。

しっかりした飲み応えにしたい。

毎日できるだけ同じように淹れたい。

店舗で何杯も安定して提供したい。

目的が違えば、重視することも変わります。

ある目的では使いやすかった方法が、別の目的でも最適とは限りません。

焙煎でも同じです。

生豆の特徴を確認したい。

商品として狙った味を作りたい。

前回との違いを確かめたい。

毎回できるだけ安定した状態で製造したい。

同じ豆を焙煎するとしても、目的によって見るところや判断の仕方が変わることがあります。

つまり、

方法だけを見て「正しい」「間違っている」と決めることはできません。

まず、

「どうなりたいのか」

があります。

そのために方法を選びます。

そして実際に試して、

目的に近づいたのかを確認します。

たとえば、

「抽出時間は3分がいい」

という方法を覚えたとします。

3分で淹れて、狙ったコーヒーになった。

それなら、その条件では役に立つ方法です。

しかし、別の豆でも必ず3分にする必要があるでしょうか。

器具が変わっても。

挽き目が変わっても。

粉とお湯の量が変わっても。

目的とする味が変わっても。

3分という数字だけを守ることが目的になれば、

本来作りたかったコーヒーから離れていても、

「3分だから正しい」

と判断してしまうかもしれません。

方法は目的を達成するための手段です。

方法そのものが目的になると、判断の順番が逆になります。

これは、基準や数値についても同じです。

温度。

時間。

RoR。

濃度。

抽出率。

こうした数字は、状態を確認したり比較したりするために役立ちます。

しかし、

「この数字にすること」

そのものが最終的な目的とは限りません。

まず目的があり、

その目的に近づくために数字を使います。

そして、結果を確認します。

では、目的に合っていれば、どんな方法でもよいのでしょうか。

ここでも少し分けて考える必要があります。

味だけでなく、

作業時間。

安定性。

コスト。

作りやすさ。

提供する人数。

使用する設備。

こうした条件も、実際には目的の一部になることがあります。

家で一杯だけ淹れる方法と、店舗で何十杯も提供する方法では、同じ判断にならないことがあります。

一杯だけなら細かく調整できることでも、何十杯も続けて作るなら、再現しやすさが重要になるかもしれません。

だから、

「どの方法が一番いい?」

と考える前に、

「何を実現したい?」

と考えてみます。

目的が決まれば、比べるものも決まってきます。

味を見るのか。

安定性を見るのか。

作業時間を見るのか。

いくつかを同時に満たしたいのか。

そのうえで方法を試します。

結果を見ます。

目的に近づいたなら、その方法には意味があります。

近づかなかったなら、方法を変えてみます。

そして、目的そのものが変われば、それまで使っていた方法を見直すこともあります。

方法が変わることは、それまでが間違いだったという意味ではありません。

以前の目的には合っていた。

でも、今の目的には別の方法の方が合っている。

そういうこともあります。

コーヒーには、たくさんのレシピや考え方があります。

それらを見るとき、

「どれが正しいのだろう」

だけではなく、

「この方法は、何を目的にしているのだろう」

と考えてみます。

すると、違う方法が存在している理由も見えやすくなります。

目的が違えば、選ぶ方法が違うことがあります。

だからといって、何でも同じということでもありません。

目的が決まれば、

その方法で本当に目的に近づいたのかを比べることができます。

目的を決める。

方法を選ぶ。

試す。

結果を見る。

目的と比べる。

必要なら方法を変える。

「正しい方法」を先に探すのではなく、

何を実現したいのかを決め、そのために方法を選ぶ。

そうすると、方法や数字を守ることではなく、結果を見ながら判断できるようになります。