分からないときは、どうすればいい?

コーヒーを扱っていると、

理由が分からないことがあります。

同じように淹れたのに、味が違う。

いつもと同じように焙煎したのに、進み方が違う。

数字は似ているのに、カップでは違って感じる。

条件を変えたら結果も変わったけれど、なぜそうなったのかは分からない。

そんなとき、

何か理由を見つけたくなります。

「たぶんこれが原因だ」

と説明できれば、すっきりします。

でも、

分からないときに、急いで答えを作る必要はありません。

まず、

何が分かっていて、

何が分かっていないのかを分けてみます。

たとえば、

「前回より抽出時間が長かった」

これは記録から確認できる。

「苦味を強く感じた」

これは実際に感じた。

では、

「抽出時間が長かったから苦くなった」

これはどうでしょうか。

可能性の一つではあります。

でも、まだ確かめていなければ、

分かっていることではなく、考えていること

です。

この違いを分けておくと、

「何を確かめればよいのか」

が見えやすくなります。

焙煎でも同じです。

1ハゼが前回より早かった。

これは観察したこと。

生豆の含水率が前回と違った。

これも測定していれば確認できます。

「含水率が違ったから1ハゼが早くなった」

となると、そこには一つ推測が加わっています。

その推測が正しいかどうかは、別に確かめる必要があります。

事実と仮説を分ける。

これだけでも、「分からない」の中身が少し整理されます。

では、仮説がいくつも考えられる場合はどうでしょうか。

豆の状態かもしれない。

焙煎機の状態かもしれない。

操作かもしれない。

測定の違いかもしれない。

すべてを一度に調べようとすると、かえって分からなくなることがあります。

そこで、

今ある情報から、確かめやすいものを一つ選びます。

記録を見直す。

前回と比較する。

同じ条件でもう一度試す。

一つの条件を変えてみる。

測り方を確認する。

必要なら、新しく記録する項目を増やす。

一度の確認で答えが出なくても構いません。

「これは原因ではなさそうだ」

と分かることも、次の判断には使えます。

また、

調べれば分かることもあります。

コーヒーの栽培。

精製。

焙煎。

抽出。

味覚や嗅覚。

すでに調べられていることなら、本や研究、資料などから知ることができます。

ただし、

誰かが説明していることと、

自分の目の前で起きたことが同じ条件とは限りません。

「本にこう書いてあった」

ことは大切な情報です。

でも、

それだけで今回の原因が決まるわけではありません。

知識は、目の前の現象を考えるための手がかりとして使えます。

そして、調べても、試しても、まだ分からないこともあります。

そんなときは、

「今は分からない」と残しておく

こともできます。

これは、考えることを諦めるという意味ではありません。

分からないものを、分かったことにしないということです。

記録を残しておけば、あとで別の結果とつながるかもしれません。

半年後に似たことが起きて、

「前にもあった」

と気づくかもしれません。

以前は測っていなかったものを測るようになって、違いが見つかるかもしれません。

新しく知ったことから、以前の記録を別の見方で考えられるかもしれません。

今分からないことが、ずっと分からないとは限りません。

だから、無理に答えを作るより、問いを残しておくことに意味があります。

反対に、

すべて分かるまで判断してはいけないわけでもありません。

店舗でコーヒーを提供している。

焙煎を続けなければならない。

次の抽出を決めなければならない。

現実には、理由が完全には分からなくても判断する必要があります。

その場合は、

今分かっている範囲で判断します。

「原因は分からないけれど、この条件では結果が安定しない」

なら、その条件を避けるという判断もできます。

「理由は説明できないけれど、この方法では何度も狙った結果になっている」

なら、ひとまずその方法を使いながら確認を続けることもできます。

理由を理解することと、

実際に判断することは、必ずしも同時ではありません。

分からない部分を残したまま、分かっている範囲で判断することもあります。

そして、新しい情報が増えたら、その判断を見直します。

観察する。

分かっていることを整理する。

分からないことを分ける。

仮説を立てる。

確かめる。

必要なら調べる。

それでも分からなければ記録して残す。

今ある情報で判断する。

新しい情報が増えたら、もう一度考える。

「分からない」は、考えることの終わりではありません。

まだ確認できていないことがある、という現在地です。

分からないことを無理に埋めず、

何が分かれば次へ進めるのかを考える。

それも、コーヒーを知っていく方法の一つです。